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武平峠から雨乞岳を行く 2
杉峠から雨乞までは急登が続き、さらに、ここから見えるピークが山頂ではなく、ピークを2つ越えなければならない。

 

こんな笹原を歩くのだが、登るにつれ笹はさらに背を高くし、我々の肩ほどの高さになる。

 

このような大きな岩には名前が付けられるが、この岩には名前がなかった。

 

山頂真近にある池、池塘と呼ぶべきか。

 

11:45山頂着

 

ここから隣にある東雨乞に移動する。山頂の笹原は、鈴鹿の山の特徴の一つ。

 

東雨乞山頂。男性1人に若い女性2人のパーティー、我々は男3人、羨ましい。

 

東雨乞から見た国見岳と御在所岳。

 

御在所岳と雲母峰(キララミネと読む)、鎌ヶ岳。

 

帰路はメインルートを歩く。すると食用のヒラタケが、もう少しきれいに採ってほしいな。

 

クリタケ?かな

 

これはナラタケ?かな

 

「クマ出没注意」の看板を見かけたが、幹にクマの爪跡が。実際にクマがいるから侮ってはいけない。

 

14:03 駐車場着。

 
歩いた距離12km弱。雨も何とか持ち、楽しい山行を終えた。
 
野遊人

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2016/12/07 09:06 | Comments(0) | 山歩き
武平峠から雨乞岳を行く
昨日のブログに記したように、「宮妻峡ヒュッテ」で山仲間と忘年会を行った。

鍋は一週間目に収穫したナメコと鮎。

4人で宴会をしていると、小学生と年中さんの子供を連れた若いお父さんと、大阪から来た15人パーティが加わり、大阪のパーティから配布された歌詞で山の歌の合唱となった。

 

※この写真、撮った記憶が全くなく、デジカメを開いたら入っていた。

7:50 鈴鹿スカイライン武平峠を出てすぐの駐車場に車を置いて出発。

キノコに詳しい同行のFさんもわからないキノコ、そういうものは絶対に食べてはNG。

 

歩き始めは檜の人工林の中だが、やがてナラなどの明るい自然林の歩行となる。

9:45 コクイ谷の分岐、左下にある橋を渡り沢歩きとなる。

この橋、比較的新しい、一体誰が橋をかけ替えてくれるのだろう。
 
  

沢を何度も渡る。周りは落葉樹の森、なにやらナメコがありそうな雰囲気。

やはりあったね。

 

 

山友が言うには、以前の鈴鹿にはナメコを見たことがないと言う。

何らかの原因で爆発的に発生しているのか?

本日出会った唯一の滝。

 

鈴鹿の山はナラの木が多く、炭焼き窯の跡が多く点在する。

ここには4窯並んでいる。

 

これは恐らく住居跡と思われる。重機もない時代、よくもこんな思い石を積み上げたものだ。

 

御池鉱山の跡、明治時代、銀、銅を採掘していた。

最盛期には300人が働き、近くには小学校もあったようだが、こんな山奥で、どうやって生活したのだろう。

 

11:10 杉峠に到着。枯れ木はシンボルツリー?空がどんよりしていて、何とか降らないで欲しい。

       

 本日はここまで。

野遊人

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2016/12/06 07:43 | Comments(0) | 山歩き
四日市港
毎年12月になると、四日市市の宮妻峡ヒュッテで山友と忘年会を行う。

今年は3日に行い、夕方まで時間がたっぷりあるので四日市港を散策した。

 

四日市港のシンボルポートタワーの最上階から港を一望した。

 

↑南方面

 

↑西方面。遠くに明日登る鈴鹿山脈が見える。

 

↑北方面。中央の山は養老山脈。

 

↑北方面。

 

珍しい跳ね上げ橋の臨港橋。千歳運河に設けられ、船舶が通るとき、油圧ジャッキで橋梁を70度押し上げて開く。

 

臨港橋の橋梁を押し下げする制御室。

 

同じく跳ね上げ橋の「末広橋梁」

昭和6年に製作された現役最古の蹴上式の鉄道可動橋で、国の重要文化財に指定されている。

1日数回ほど開閉を行っており、橋が動いてる姿をみられたらラッキー!と、四日市観光協会のHPにかかれており、ラッキーな一人となった。

他にも明治時代に作られた潮吹き防波堤を見たかったが、仕事をしている中へ車で入りこむのに躊躇してあきらめた。

輸出入額では豊橋港が大きく高いが、港の規模では比較にならないほど大きかった。

野遊人

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2016/12/05 14:42 | Comments(0) | お出かけ
清原を責めるだけでいいのか
ちょっと古い話で申し訳ないが、いま読んでいる広岡達朗著「巨人への遺言 プロ野球生き残りの道」に載っている一項目に「清原を責めるだけでいいのか」がある。

   
ご存知のように清原は今年2月、覚せい剤の所持及び使用で逮捕された。

スプリングキャンプを始めた監督や選手たちは「寂しい」「残念だ」と驚いたが、野球界は元スーパースターの転落を他人事のように眺めるだけでいいのかと広岡氏は投げかけている。

高卒で西武の4番に座り、デビュー戦で初ホーマーを放ち、打率.304、ホームラン31本を放って新人王になったことは多くの人の記憶にあると思う。

高校を卒業したばかりの清原の部屋は、試合でもらった賞金袋や賞品で埋まり、ゴミ屋敷、いや賞品屋敷と化していたという。

未成年スターの鼻が天狗になるのに時間はかからなかった。

清原の扱いにてこずり、将来を心配したコーチたちが森昌彦監督に「一度、社会常識など厳しく教え込むべきではないか」と進言したが、森はこれを無視して放任したと言う。

同様の話は野村克也氏も言っており、森監督に清原を特別扱いするなと進言したが、聞く耳を持たなかったという。

高卒と大卒の違いはあるが、球界のスーパースター長嶋茂雄氏と比較してみると、長島氏の1年目の成績は、打率リーグ2位の.305、ホームラン29本(本来は30本だが、1塁ベースを踏み忘れたため記録はピッチャーゴロ)、打点92、最多安打、リーグ2位の盗塁37を記録し、ホームラン王と打点王、新人賞を獲得している。

打率を争っていた田宮謙次郎氏が、終盤に試合を欠場したため打率トップは獲得できなかったが、三冠王も夢ではなかったばかりか、1塁ベースを踏み忘れなければ、トリプルスリーを達成するほど、相対的には清原とは比べようもないほどの記録であった。

それでも長島氏が天狗にならなかったのは、川上監督をはじめとした首脳陣の厳しい指導があったと思う。

広岡氏は、監督は若い選手を実家の親から預かっている、野球の技術を教えるだけでなく、社会人としてりっぱに育てる責任があると言い、商品の山に埋まって奔放に暮らす清原をなぜ、監督は教育・指導しなかったのか、人気と金におぼれる清原を甘やかしたオーナー以下フロント、現場首脳陣の責任は重いと断罪している。

清原の残りの半生をつぶしたのは、ボクもオーナー以下フロント、現場首脳陣と思う。

野遊人

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2016/12/01 08:48 | Comments(0) | 雑記
魚市場で買い物
時々魚市場へ魚を買いに行く。

何といっても安いのが魅力。

今朝はサバを3本購入。

 

ピンボケして申し訳ない。

これで税込み712円。

さっそく調理。

 

煮魚、焼き魚、甘酢あんかけで食べようか。

野遊人

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2016/11/30 08:36 | Comments(0) | 雑記

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