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フットマッサージャー
こんにちは
11月も終わりに近づいてきました
毎日ほんとに寒いですね❄️

ケアスタッフとして働いている私は、
足のむくみ、痛さから、
夜も寝られない程です

そこで何かないかとネット検索していたところ、
ポチっと衝動買いしてしまいましたぁ‼︎

決して安いものではなかったのですが、、
早くなんとかしたかったので

ジャジャーーン✨

まるでガンダム、、笑笑

これ、エアーで揉みほぐしてくれるんですけど、
エアーとは思えない程の結構な力です
毎日、仕事から帰宅後と、入浴後に使用していたところ、痛みがだいぶ軽減され、仕事中もだるくなく、寝る時も痛みで寝られないとゆうことはなくなりました
買ってよかった✨みなさんも是非✨

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2017/11/24 10:09 | Comments(0) | 豊川メイツクリニック
敬老の日でした。


こんにちは!!


10月ももう残り1週間と少しになりましたemojiemojiemoji 


暑くなくなったと思ったら雨続きでしたねemoji
ずっと雨雨雨、、、毎日雨。そして台風がきましたemoji
 
 
 今週晴れ予報だった気がするのにくもりになっているような・・・
 
 
 
先月の話になりますが、9月16日・18日に敬老の日ということで
プレゼントさせていただきましたemojiemojiemoji


  

 

プレゼントは【赤飯】ですemojiemoji


皆さん、良い笑顔を見せてくださいましたemoji


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2017/10/16 16:36 | Comments(0) | 磐田メイツクリニック
田峯城
稲目トンネルを設楽町側に抜けると、田峯(ダミネ)への案内がある。

田峯は小高い丘陵地に開いた集落で、1470年に田峯城が築かれた。



以前より興味があったので寄ってみた。





入館料300円を支払い入場。

土曜日にもかかわらず見学者は私一人。受付の女性の人件費も出ないのではと、どうでもよい思いがよぎる。 



城と言っても屋敷のようなもの。





寄贈 神奈川県とあるから本物の甲冑であろう。



武将の甲冑



武将の家来たちのものであろう。



城を見学した後田峯の集落を振り返ってみる。文字通り肩を寄せ合っての生活。

この先に「首塚」の案内板がある。気になるので行ってみる。

武田勝頼と織田・徳川連合軍が戦った長篠の合戦では、田峯城の城主菅沼定忠は武田側に就いた。

戦に敗れた定忠は、勝頼を休息させるために田峯城に入ろうとしたが、留守を預かる叔父の定直は謀反を起こし入城を拒み、仕方なく定忠は勝頼を導き、稲武町の武節城へ遁走した。

ここまでの経過を知っていたが、この先の顛末が実に恐ろしい。



これが首塚

武節城から飯田に逃れた定忠は、1年後の7月14日未明、田峯城を急襲し、老若男女幼少を問わず96名を殺害。

中でも首謀格の次席家老、今泉道善の生首を鋸で引き落とすという、常軌を逸する殺害を行った。

主だった者の首を作手街道にさらし、いつの頃からか、ここを首塚と呼ぶようになった。

指がすくむような思いでキーボードを打っている。

なお城主の定忠は、1582年、飯田和久平で討たれ、菅沼家は断絶となった。

野遊人

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2017/07/07 07:22 | Comments(0) | お出かけ
田口線廃線跡をたどる(3)


R257線の清嶺トンネルも、田口線のトンネルを拡張して作られたもの。

ここを過ぎると、「田口線廃線跡をたどる(1))」の冒頭の橋に出る。



橋を越え、トンネルを抜けると、このような町道が旧田口駅まで続く。



トンエル



短いトンネルがいくつも続く。



このトンネルは山を突き抜いたのではなく、山肌を削ってトンネルを作ったと思われる。



清嶺からの田口線は、寒狭川沿いに作られている。



ここが旧田口駅があった所。

10年前までは駅舎跡や旅館の跡があったようだ、今はきれいに整地されている。



ツーリングの最後に、設楽町の中心地にある「奥三河郷土館」に立ち寄ったところ、移設のため昨年10月に閉館となっていた。

屋外に田口線を走っていた列車が展示してあった。

新施設は平成31年度に開館の予定。

野遊人
 

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2017/07/06 08:43 | Comments(0) | ツーリング
田口線廃線跡をたどる(2)


県道32号(伊那街道)をすすみ、副川の集落を左に折れると海老川に架かる橋がある。

これも田口線の鉄橋を利用したもの。



車がすれ違えない細い道は、廃線跡を物語っている。



そしてトンネルへと導かれる。



さらにトンネルがあり



石橋にあたる。

撮影していると土地の人がいて、橋の向こう側を田口線が走っていたと教えてくれた。

 

全長1,520mの稲目トンネル。

廃線当初は代替運航のバスのみが走っていたが、地元の要望でトンネルが拡幅され、一般車も通行できるようになった。



稲目トンネルの設楽町側には「開通記念」の石碑がある。



稲目トンネルを出たところを左折すると、田峯の集落に行く道に出る。

ここは旧田峯駅があった所で、小さなトンネルがある。



トンネルを入って行くとその先は遊歩道が設けられているが、ほとんど利用する人はいないとみえ、遊歩道は荒れている。

明日は旧田口駅までを紹介しよう。

野遊人

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2017/07/05 09:47 | Comments(0) | ツーリング

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