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イワシを調理
先日長女が来たとき「ダッチオーブンがあるなら、今度アクアパッツァを作って」と言われ、予行演習をしようと白身魚を求めに魚市場に行ったところ、格安のイワシが目についた。

予定を変更して大羽と呼ばれる20cmいじょうのマイワシを購入。



15尾で713円、1尾50円以下。



定番の煮つけ。



キュウリ、シメジ、ネギを入れた、揚げイワシの中華炒め。

さらにイワシ玉を作り、イワシ玉を茹でた茹で汁でスープを作った。

まずまずの出来。

そうそう先日フキ味噌を作ったとき、残ったフキノトウは天ぷらにして食べた。



ほろ苦い、春の息吹を味わった。

野遊人

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2017/02/21 07:55 | Comments(0) | 雑記
春の息吹が伝わってきた~
我が家の裏庭にフキノトウが芽を出していた。



そこでフキ味噌を作ろうと思い立ったが、これだけでは少々足りないので、道の駅「もっくる新城」へバイクを飛ばして購入してきた。



普通フキノトウは上段の写真のように尖っているが、丸いのは栽培だからかな?



出来上がったフキ味噌、ちょっと苦みが足らないが早春の恵みをいただいた。

野遊人

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2017/02/20 06:50 | Comments(0) | 自然
豊川のコハクチョウ
いつごろからだろうか、豊川にコハクチョウが訪れるようになったのは。

当社3羽であったように記憶しているが、今では10羽以上になっている。



ここに写っているだけでも9羽いる。



仲良く並んで水面を移動しているのがほほえましい。



12倍ズームを手持ちで撮影したので手ぶれになってしまった。



場所は豊川の賀茂橋のすぐ下流。

野遊人

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2017/02/19 10:33 | Comments(0) | 自然
杉原千畝平和祈念館を後にして
杉原千畝平和祈念館のあと、道の駅「らっせいみさと そばの郷」で食事をし、道の駅「おばちゃん市 山岡」に、巨大な水車を見るために寄った。



水車の下にある池はしっかりと氷が張っていて、気温が低いことを示していた。

この寒さが寒天作りに適しているのだが、一体誰が天草から寒天作りを思いついたのだろうか。

ここから少し車を進めると、巨大な登り窯「与佐衛門窯」があり、近くの神社に世界最大の焼き物の狛犬が奉納されている。



焼きあがった狛犬を窯から取り出したのではなく、窯を壊して安置したのだ。



子供たちが作った作品(と思われる)も展示されている。



なかなか渋い色合いの狛犬。



お土産の草餅(右下)そば味噌(上)油揚げ(左)を買って家路についた。

野遊人

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2017/02/18 06:46 | Comments(0) | お出かけ
杉原千畝平和祈念館
職場の上司であったご夫妻を誘って、杉原千畝平和祈念館に行ってきた。



館内は撮影禁止、木造のこじんまりした建物。

ナチスの迫害から逃れようと多くのユダヤ人がビザの発給を求めて、外交官の杉原のもとに押し寄せたが、杉原は一晩発給しようか迷ったそうだ。

外務省の反対を押し切ってビザを発給すれば、昇進の道を断たれるばかりか馘首を覚悟せねばならないからだ。

しかし杉原はビザの発給を決断し、6,000人ものユダヤ人の命を救った。





終戦になり、杉原は日本に戻ると危惧した通り「君のポストはない」と言われ外務省を去らなければならず、長く不遇の時代を過ごす。

杉原の功績が明らかになるにつれ海外では称賛の声が上がるが、日本では旧外務省を中心に敵意と冷淡に満ちていた。

杉原の名誉が回復するのは、2,000年に河野洋平外務大臣が謝罪してからのことで、残念なことに杉原は既にこの世を去っていた。

杉原のような人がノーベル平和賞を受賞すべきで、
佐藤栄作元総理大臣は、核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」と述べただけ(実際にはアメリカ艦隊は核兵器を搭載して日本に寄港していた)でノーベル平和賞を受賞したことは恥ずかしい限りと、上司と意見が一致した。

平和祈念館を訪れて、杉原の功績を知れば知るほど胸が熱くなった。

見学を終え、道の駅「らっせいみさと そばの郷」に寄って昼食をいただく。

 

冬季限定「味噌煮込みそば」そば味噌で作る味噌煮込みそば。

おいしゅうございました。

野遊人

 

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2017/02/17 07:54 | Comments(0) | お出かけ

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