こんにちは
11月も終わりに近づいてきました
毎日ほんとに寒いですね❄️
ケアスタッフとして働いている私は、
足のむくみ、痛さから、
夜も寝られない程です
そこで何かないかとネット検索していたところ、
ポチっと衝動買いしてしまいましたぁ‼︎
決して安いものではなかったのですが、、
早くなんとかしたかったので
ジャジャーーン✨
まるでガンダム、、笑笑
これ、エアーで揉みほぐしてくれるんですけど、
エアーとは思えない程の結構な力です
毎日、仕事から帰宅後と、入浴後に使用していたところ、痛みがだいぶ軽減され、仕事中もだるくなく、寝る時も痛みで寝られないとゆうことはなくなりました
買ってよかった✨みなさんも是非✨
11月も終わりに近づいてきました
毎日ほんとに寒いですね❄️
ケアスタッフとして働いている私は、
足のむくみ、痛さから、
夜も寝られない程です
そこで何かないかとネット検索していたところ、
ポチっと衝動買いしてしまいましたぁ‼︎
決して安いものではなかったのですが、、
早くなんとかしたかったので
ジャジャーーン✨
まるでガンダム、、笑笑
これ、エアーで揉みほぐしてくれるんですけど、
エアーとは思えない程の結構な力です
毎日、仕事から帰宅後と、入浴後に使用していたところ、痛みがだいぶ軽減され、仕事中もだるくなく、寝る時も痛みで寝られないとゆうことはなくなりました
買ってよかった✨みなさんも是非✨
こんにちは!!
10月ももう残り1週間と少しになりました



暑くなくなったと思ったら雨続きでしたね

ずっと雨雨雨、、、毎日雨。そして台風がきました

今週晴れ予報だった気がするのにくもりになっているような・・・
先月の話になりますが、9月16日・18日に敬老の日ということで
プレゼントさせていただきました



プレゼントは【赤飯】です


皆さん、良い笑顔を見せてくださいました

稲目トンネルを設楽町側に抜けると、田峯(ダミネ)への案内がある。
田峯は小高い丘陵地に開いた集落で、1470年に田峯城が築かれた。
以前より興味があったので寄ってみた。
入館料300円を支払い入場。
土曜日にもかかわらず見学者は私一人。受付の女性の人件費も出ないのではと、どうでもよい思いがよぎる。
城と言っても屋敷のようなもの。
寄贈 神奈川県とあるから本物の甲冑であろう。
武将の甲冑
武将の家来たちのものであろう。
城を見学した後田峯の集落を振り返ってみる。文字通り肩を寄せ合っての生活。
この先に「首塚」の案内板がある。気になるので行ってみる。
武田勝頼と織田・徳川連合軍が戦った長篠の合戦では、田峯城の城主菅沼定忠は武田側に就いた。
戦に敗れた定忠は、勝頼を休息させるために田峯城に入ろうとしたが、留守を預かる叔父の定直は謀反を起こし入城を拒み、仕方なく定忠は勝頼を導き、稲武町の武節城へ遁走した。
ここまでの経過を知っていたが、この先の顛末が実に恐ろしい。
これが首塚
武節城から飯田に逃れた定忠は、1年後の7月14日未明、田峯城を急襲し、老若男女幼少を問わず96名を殺害。
中でも首謀格の次席家老、今泉道善の生首を鋸で引き落とすという、常軌を逸する殺害を行った。
主だった者の首を作手街道にさらし、いつの頃からか、ここを首塚と呼ぶようになった。
指がすくむような思いでキーボードを打っている。
なお城主の定忠は、1582年、飯田和久平で討たれ、菅沼家は断絶となった。
野遊人
田峯は小高い丘陵地に開いた集落で、1470年に田峯城が築かれた。
以前より興味があったので寄ってみた。
入館料300円を支払い入場。
土曜日にもかかわらず見学者は私一人。受付の女性の人件費も出ないのではと、どうでもよい思いがよぎる。
城と言っても屋敷のようなもの。
寄贈 神奈川県とあるから本物の甲冑であろう。
武将の甲冑
武将の家来たちのものであろう。
城を見学した後田峯の集落を振り返ってみる。文字通り肩を寄せ合っての生活。
この先に「首塚」の案内板がある。気になるので行ってみる。
武田勝頼と織田・徳川連合軍が戦った長篠の合戦では、田峯城の城主菅沼定忠は武田側に就いた。
戦に敗れた定忠は、勝頼を休息させるために田峯城に入ろうとしたが、留守を預かる叔父の定直は謀反を起こし入城を拒み、仕方なく定忠は勝頼を導き、稲武町の武節城へ遁走した。
ここまでの経過を知っていたが、この先の顛末が実に恐ろしい。
これが首塚
武節城から飯田に逃れた定忠は、1年後の7月14日未明、田峯城を急襲し、老若男女幼少を問わず96名を殺害。
中でも首謀格の次席家老、今泉道善の生首を鋸で引き落とすという、常軌を逸する殺害を行った。
主だった者の首を作手街道にさらし、いつの頃からか、ここを首塚と呼ぶようになった。
指がすくむような思いでキーボードを打っている。
なお城主の定忠は、1582年、飯田和久平で討たれ、菅沼家は断絶となった。
野遊人
R257線の清嶺トンネルも、田口線のトンネルを拡張して作られたもの。
ここを過ぎると、「田口線廃線跡をたどる(1))」の冒頭の橋に出る。
橋を越え、トンネルを抜けると、このような町道が旧田口駅まで続く。
トンエル
短いトンネルがいくつも続く。
このトンネルは山を突き抜いたのではなく、山肌を削ってトンネルを作ったと思われる。
清嶺からの田口線は、寒狭川沿いに作られている。
ここが旧田口駅があった所。
10年前までは駅舎跡や旅館の跡があったようだ、今はきれいに整地されている。
ツーリングの最後に、設楽町の中心地にある「奥三河郷土館」に立ち寄ったところ、移設のため昨年10月に閉館となっていた。
屋外に田口線を走っていた列車が展示してあった。
新施設は平成31年度に開館の予定。
野遊人