繊維機械館と自動車館の通路で、鍛造の実演を行っている。
鍛造とは金属をハンマー等でたたいて圧力を加え、金属内部の空気の隙間をつぶし、結晶を微細化して、結晶の方向を整えて強度を増すもので、刀を作る光景を思い出していただきたい。
高周波を38秒当てるだけで金属は1200℃になり、それをプレス機で2回型取りをしてバリ取りを行う。
ここではコネクティングロッドの製作の実演を行っている。
最初の試作乗用車A1型の木型ボディ。
木型に鉄板を当ててフェンダーを作成している光景。
おそらく設計図を基に作製されたものと思われる。
当時としては先進の流線型ボディ。
一代で「世界のホンダ」にしたホンダの創業者、本田宗一郎さんの名声は高いが、トヨタ自動車の創業者、豊田喜一郎さんも本田さんと引けはとらないと思った。
というのは、本田さんは自転車に小型エンジンを積んだものから出発したので、4輪を製作したときは、エンジン技術には相当高いものがあった。
※2輪のレースでは世界を制していた。
ところが豊田さんは、自動織機の製作所の跡取りであって、ガソリンエンジンの技術はないにもかかわらず、いきなり自動車の製作に取り掛かっている。
トヨダトラックG1型。
当時は戦争へ進む時代であったので、乗用車よりもトラックの注文の方が多かった。
1954年製のトヨエース、995ccで30馬力の性能は、現代とはひっかうにならない。
ひょうきんな風貌はどことなく癒されるようだ。
その隣は初代クラウンで、純国産技術で作られた。
最高速度は100km/h、東京ーロンドン間5万km走行に挑戦して成功している。
野遊人
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