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2026/04/09 23:36 |
透析昔話 その11 透析患者の富士登山

腎不全になると、血液を作るホルモンであるエリスロポエチンの分泌が減少し、尿毒素により血液の寿命が短くなるなどの理由により貧血になり、これを腎性貧血と言う。


透析治療を行うようになると、血液回路に残った血液を廃棄するため、さらに貧血は亢進する。


どの位貧血になるのか、個人差はあるものの概ね健常者の半分。


しかし1990年にエリスロポエチンが製造・販売され、腎性貧血は基本的には解消された。


ボクが透析医療に携わった時はもちろんエリスロポエチンはなかった。


まだエリスロポエチンがなかった昭和63年、患者会の会長が富士山に登りたいとの訴えがあり、援助できないかスタッフで検討し、実行することになった。


4月に棚山高原、5月に伊吹山などに登ってトレーニングを開始、
確か7~8名の患者さんが参加したように記憶している。


8月いよいよ富士山にトライ。


間の悪いことに、92歳になるボクの祖父の容態が悪くなり、直前になってボクは富士山に同行することを断念した。


正直に言って、誰も山頂には立てないだろうと思っていたが、二人の患者さんが完登
したとの報にビックリした。


後日、このことを聞きつけた地方紙、全国紙、合わせて5つの新聞社が、快挙として新聞に掲載した。


健常者でも登頂を果たせない人がいるのに、二人の精神力と体力には感服。


貧血がどのくらい影響を与えるかは、昨年11月2日の「1年ぶりのハーフマラソン」を参照してください。

 

野遊人

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2016/01/22 15:45 | Comments(0) | 臨床工学技士
透析昔話 その10 出張透析3

心臓カテーテル検査は、心臓に特殊な細いプラッチックの管(カテーテル)を挿入し、心臓内の圧や血液の酸素濃度を測定・分析したり、造影剤を注入してX線撮影し、心臓の血液状態や形、心室・心房と弁の動きを調べたり、さらには心臓の筋肉(心筋)を採取して病理学的に検査する心筋生検などを行なう検査。

検査の結果治療が必要となり、風船治療やステントの挿入術になると、造影剤の注入量は多くなる。


腎機能が悪化している患者さんは、時には検査に用いた造影剤により腎機能がさらに悪化することがある。


そのような患者さんに心臓カテーテルによる検査や治療を行った時は、造影剤を抜くために、検査後ただちに透析を行う。


心臓カテーテル検査は日中に行われるが、救急車で搬送される患者さんの場合は日中とは限らず、深夜・日曜日の区別がなく、出張透析も当然深夜・日曜日の区別なく依頼がある。


だから日曜日はもう一人の技士と交代でポケベル(今では絶滅危惧種)を携帯し、携帯電話が普及してからは携帯電話になった(かなり早い時期から携帯電話を持っていた)


どんな時間帯であっても、すべての依頼に応えていたのは、若かったからできたのかな?


出張透析の依頼は病院から勤務先のクリニックに電話が入り、当直の看護師から我が家に電話が入る。


夜、女性から(時には男性看護師の時もあるが)電話が入り、「仕事だ」の一言で家を出て行っても、カミさんは何も疑わずにボクを送り出すのは、愛人など作れるような甲斐性がある男ではないことを分っているからか。


野遊人

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2016/01/22 08:54 | Comments(0) | 臨床工学技士
透析昔話 その9 出張透析2

30年前の話。

豊橋には心臓疾患の治療で全国的に有名な国立療養所豊橋東病院があった(現在の国立病院機構 豊橋医療センター)

 

冠動脈の重要な部位に閉塞が見られる透析患者のSさんは、急性心筋梗塞が発症して心停止する恐れが十分な状態であった。

 

当時、透析患者さんの心臓疾患に対して外科治療、手術は行わないのが一般的であったが、病院を受診したSさんは、何もせずに死を待ちたくないと手術を決意。

 

病院から術中から術後の出張透析の依頼があり、当然ボクたちはその要請に応えた。

 

手術は無事終わり、暫く毎日出張透析を行っていたが、残念ながら患者さんは亡くなってしまった。

 

この手術の執刀医は、透析患者であっても問題なく手術でき、術後は透析で体液量のコントロールをしっかり行えば、腎不全の患者さんも手術で救えると確信、以後、ボクが勤めるクリニックでは、心臓疾患を抱える患者さんを豊橋東病院に紹介するようになり、市内の透析施設に通う患者さんも豊橋東病院で治療を受ける患者さんが急増した

当然出張透析の依頼は増え、3台の透析装置を駆使して、ひとりで一日9人の透析を行ったこともあった。

 

現在、多くの病院では、腎不全があっても普通に心臓の手術を行っている。

 

当法人の患者さんの中には、手術をして元気に透析に通院している患者さんが何人かいる。

 

余談になるが、当時腎不全がなくても70歳以上(年齢は正確ではないかもしれない)のお年寄りは手術を行わなかったが、今ではその垣根は取り払われている。

 
野遊人

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2016/01/21 13:01 | Comments(0) | 臨床工学技士
オフロードバイクのパッドとディスクを交換
朝、オミソを散歩に連れ出そうと玄関を開けたら一面真っ白、積雪は何年ぶりだろう。

 

ボクの車にもしっかりと積もっている。

 

オミソは待ってくる落ち葉を咥えようと飛びつく習性があり、舞い落ちる雪に対しても同様で、ジャンプして雪を食べようとする。

先日オフロードバイクのオイルの交換にレッドバロンに行ったら、リアのブレーキパッドは摩耗して全くなく、ディスクに傷がついているので交換しなければならないと言われた。

エ~!

23,000kmでタイア交換したとき、ブレーキパッドの交換を要しますと連絡が入り、交換したとはずなのに?フロントだけだったのかな?

部品を注文して、昨日交換した。

         before                      after

  
ディスクに筋状の傷がついている。
 
12,800km走行のバイクを購入、23,000kmでフロントブレーキのパッドを交換、現在の走行距離は25,650km。

多分バイク購入時ブレーキパッドを交換しているから、10,000kmを目安に交換しなければならない。

バイクのブレーキパッドの摩耗はこんなにも早いんだ。

磐田メイツクリニックに車で通勤していた時、年間3万km走行したが、2年ごとの車検の間に交換する必要はなかったのだが。

保守点検を怠ったツケが、ディスクを交換するはめになった。

反省

野遊人

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2016/01/20 11:18 | Comments(0) | ツーリング
透析昔話 その8 出張透析1
ボクが透析医療の仕事に従事した時、市内で透析医療ができるところは、豊橋市民病院と成田記念病院とボクが勤めるクリニックの3か所しかなかった(現在は8か所)

透析設備のない病院で、入院治療している患者さんに腎不全が悪化したケースがあった。

患者さんの主治医は、透析の医療機器を販売しているディーラーに相談し、ディーラーから透析装置を設置するので、透析装置を操作していただけないかと依頼があったのが、出張透析の始まりであった。

数回の出張透析を行い、患者さんの容体が安定し、無事退院の運びとなった。

以来、時々出張透析の依頼が入るようになった。

苦い経験から教訓を得る。

ディーラーによる透析装置の手配が遅れ、透析を行う前に、高K(カリウム)血症で患者さんが亡くなったことがあった。

ディーラーに頼っていては、助けられる命も助けられなくなる、そう判断したボクはO事務長に、出張透析用の装置を1台購入をお願いし、二つ返事でOKをもらった。

コンテナボックスに血液回路やダイアライザーなどの必要物品を入れ、いつでも出かけられるように準備した。

以来、クリニック〇〇に頼めば応えてくれると、評判と信頼が高まり5か所の病医院から出張透析の依頼を受け、出張透析は多忙を極めるようになった。

以後続く。

野遊人

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2016/01/19 08:01 | Comments(0) | 臨床工学技士

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