キャンプやバイクツーリングで中津川はよく通ったのだが、中津川に大変立派な山城、苗木城があることは全く知らなかった。
城 の眼下には木曽川が流れ、木曽川から山頂までは標高差170mある。
築城時期については諸説あり、はっきりしたことが分かっていないようだが、16世紀前期から中期にかけて、苗木より北で勢力を張っていた遠山氏が移り住んだと言われる。
その後、戦乱期に遠山氏は城を追われるが、関ヶ原の戦いに先立ち、遠山友政が城を奪還し、江戸時代を通じ、12代にわたり遠山氏が城をおさめた。
地形を活かした城作りが行われ、石垣は6種類の積み方が見られる(パンフレットより)
下の写真は坂下門の跡。別名久世門。
三代領主友貞の奥方の実家で苗木城改修の際に尽力した、徳川家譜代の久世家の名前から来ていると言われている。
地形を巧みに利用して城作りがうかがえる。
積石をきれいに加工して、隙間がないように積まれている石垣(のみ切り加工整合積)
これは打込石整層積と思われる。
ここにも地形を活かした、巨石を利用したと言うべきか。
巨石の隣の石垣は谷積み技法を用いた石垣。
竹田城へは行ったことがないが、少なくとも資料で見る限り、決して竹田城に引けを取らない規模と景観を持った山城であると思う。
野遊人
スロッシング現象をご存知だろうか。
液体が入っているタンクに振動を加えた場合、内部の液体が揺り動く現象をいう。
激しいスロッシングは、タンクを破壊することがわかっている。
例えば十勝沖地震や東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が発生した時、原油タンクの浮き屋根が破壊され、火花からの引火により火災が発生した。
原油タンクに限らず、3階以上の建物には受水槽が設置され、飲料水などが貯留されており、地震が発生すれば、スロッシング現象を受けることになる。
ボクの家の近くの市営住宅には、屋上に受水槽が設けられている。
このような構造の受水槽は、大きな地震に遭遇すると、スロッシングにより受水槽が破壊されることは明らかであり、先日全ての受水槽が撤去された。
当法人の4つの透析施設にも受水槽が設置され、大量の水を必要とする透析用水の受水槽は20t以上になる。
三遠メディメイツの災害対策員会では、各施設の受水槽が、スロッシングにより破壊されないか、専門業者に調査を依頼中で、現在大学に資料が届られて検討中だそうだ。
どんな結果になるか興味がある。
野遊人
行き先は下呂温泉にある墳泉池。
温泉が噴き出ている池で、下呂温泉の真ん中を流れる飛騨川の河原に設置してある。
むろん無料。
橋から丸見え、だから女性はおろか誰も入浴していない。
入浴の支度をしていると、20歳代の若者が来た。
風呂は熱いけどヌルヌルの泉質が気持ち良い。
風呂から橋を眺める。
墳泉池の案内板を見ると、男女とも水着を着用して入浴してくださいと断り書きが。
そんなことは知らないボクはスッポンポンで風呂に入っている。
今頃気づいても・・・開き直って入浴を続ける。
良い子の皆さんは真似しないように。
池から下呂温泉街を眺める。
温泉旅行が唯一の娯楽であった60~70年代に建てられたと思われるような古い建て物ばかりで時代を感じさせる。
「ヌードショー」なる看板も時代を感じさせる。
いつでも駐車できるか保証はないが、無料の駐車場があるので温泉好きな方は一度訪れたらいかがでしょうか。
野遊人
登山道はしっかりあるが、登山道はハイマツに覆われて誠に歩きにくい。
通常なら山小屋の人が、ハイマツの枝払いを定期的に行うのだが(もちろん環境省の強化を得たうえでのこと)マイナーな山ではそこまで手が回らないようだ。
「クソ!歩きにくいな」とボヤキながらも嬉しい出会いがあった。
ライチョウだ。
ヒナを連れたつがいを2組と遭遇。
ミヨシノ頭を通過し、早川尾根の頭の分岐から早川尾根小屋へ下る。
12時15分早川尾根小屋に到着。
どういう理由か不明だが、今年は小屋の営業を中止している。
そんな事情を知らない20歳代の女性ハイカーが「ここは早川尾根小屋ですよね?」と不安そうに聞いてきた。
営業を中止していることを伝えると、それでもここでテン泊すると言う。
2,500m以上の地点でテン泊するのが彼女のポリシーで、根性なしのボクには真似できない。
ここで昼食を摂り、13時広河原に向けて出発。
ここからボクの足は重くなり、山友二人についていくのが必至。
広河原の林道入り口まで距離はさほどないが3時間以上の行程。
ということは相当な急斜面が予想される。
沢を渡る木橋は濡れてつるつる。
2時間半でなんとか広河原の林道に出た。
下界のアザミよりはるかにでかいフジアザミがいっぱい咲いている。
これは?
これも?
そして前方に見えるのが今夜の我々の宿、多数のテントの花が咲いている。
広河原山荘で受付を済ませてテントを張り、ビールを購入。
350ml450円、旨い!世界で一番旨いビールだ。
30張ほどテントがあるが、半数は釣り師のテントで、その多くはフライフィッシャーマン(ウーマンもいたな)。
テン場前を流れる、早川にそそぐ野呂川は、渓流釣り師の心が騒ぐようだ。
ウィスキィーを飲み、カレーライスで腹を膨らませると、疲労から7時には爆睡。
3度ほど目が覚め、そのたびに川の音が気になったが、いつの間にかまた寝ていた。
翌朝、山小屋で天気予報を確認すると、昼頃から雨の予報。
小太郎山への登頂はあきらめて、6時50分のバスに乗って帰宅することにした。
バス停に行く吊り橋のところで、早川尾根小屋にテン泊した昨日の女性ハイカーにばったり出会う。
それにしても足が速い。
彼女が言うには、早川尾根小屋は避難小屋として使用可能とのこと。
8時10分仙流荘着、すでに雨が降りだし、登頂をあきらめたことは正解だったね。
終わり
野遊人
8時40分栗沢山山頂(標高2,714m)に到着。
前方に見えるのは甲斐駒ヶ岳、伊那地方の方は東駒ヶ岳と呼ぶそうな。
ズームアップすると
この写真ではわかり難いが、山頂は石灰岩で覆われ、遠くから眺めると、無雪期であっても雪を抱いているように見える。
右の山は摩利支天。
栗沢山から甲斐駒ヶ岳へのルートが、写真ではわかり難いがはっきり見える。
左に目をやると仙丈ヶ岳
男性的な甲斐駒ヶ岳い対して「南アルプスの女王」と称されている。
手前に日本第二の高峰、北岳(標高3,193m)、その奥に標高3,189mの間ノ岳(アイノダケ)が見える。
稜線より東側は雲に覆われ、残念ながらこの日は富士山は顔を出すことはなかった。
これから歩くことになる早川尾根
この時点ではこの先、どこまで歩くのかは不明。
こんな岩場をも登らねばならない。
普通なら鎖が設置してあるような登山道だが、北アルプスのようにメジャーなコースではないから、あまり整備されていない。
登山道を示す目印もあまりなかった。
写真ではわかり難いが伊那市街が見え、さらに奥には乗鞍岳?
八ヶ岳は雲で見ることができなかったが、穂高をはじめ北アルプスも望むことができた。
山友が指差す前方がアサヨ峰。
10時5分、ようやく到着。
マイナーな山を証明するかのように、「アサヨ峰」の看板がショボイ。
続く
野遊人
