八丁味噌は、岡崎城から西へ八丁(約870m)の距離にある岡崎市八帖町(旧・八丁村)で、江戸時代初期より、旧東海道を挟んで向かい合った2軒の老舗が伝統製法で造り続けている豆みその銘柄。
昼食を済ませて受付で見学を申し出ると2時から見学可能で、しばらく待つことになった。
明治40年に味噌蔵として建てられた蔵の横を見学者がいく。
昔の味噌造りの様子が再現されている。
桶というべきか樽というべきか、この中に大豆6tが仕込まれ、重石の石は3tある。
重石の石は隣を流れる矢作川から持ってきたものだが、現在は採石する事はご法度なので、昔採石したものを使用しているそうな。
熱心に案内人の説明を聞きながらうす暗い蔵の中を進む。
昭和2年建造の趣のある事務所。
見学の最後に八丁味噌の味噌汁と田楽、それにお土産のお持ち帰り用八丁味噌のパックを頂いた。
むろん見学は無料。
文字通り“おいしい”見学であった。
野遊人
1時間半ほど時間を要するので一旦自宅に帰ると、チューブのバルブが錆びていて、いずれエアー漏れを起こすと思いますからどうしましょうと電話が入った。
バイクのタイヤがパンクすると文字通り“最悪”の結果を招く。
ツーリング中ならなおさら“最悪”、交換してくださいと返事をする。
さらに、後輪のブレーキパッドがほとんどありませんが・・・もちろん交換を依頼した。
今回装着したタイヤは上の写真のようなオフロード用のブロックタイヤではなく、オンロード癰のロードタイヤにした。
何故なら、オフロードを走ることはほとんどなく、街中を走ることばかりだからだ。
ロードタイヤにして正解。
音は静か(それまではゴーといううなり音を上げていた)走りもスムーズ。
多分燃費も良くなると思う。
これなら遠出もストレスなく走りことができる。
しかしよいことばかりではない。
総額28,000円の出費
野遊人
普門寺は奈良時代に行基によって727年に創建されたといわれ、その後、天台宗の僧との主導権争いで消失し、源頼朝により再建された。
しかし戦国時代、三河と遠江の軍事上の境目にあり、戦禍にあい消失した。
普門寺は東谷と西谷の2つの本堂で構成され、下の写真は元堂址と呼ばれる東谷本堂址。
元堂址の池で、周りから水が流れ込み涸れることがない。
発掘調査により南側の石組は平安時代に、北側は江戸時代に作られたものと判明。
山の中を開いて作った坊院跡で作業場や畑があった。
山を下ると現在の普門寺。
寺の傍らに樹齢400年以上の大杉がそそりたつ。
幹回り5m88cm、高さ28m
ミツバツツジが満開
普門寺の仁王門
右には金剛杵(こんごうしょ)という武器を持つ阿形(あぎょう)と呼ばれる金剛力士像が
左は吽形(うんぎょう)
普門寺は山歩きしなくとも、新所原から車で入ることができる。
古刹にふさわしい荘厳な寺ですので、一度足をお運びください。
野遊人
先週の新聞に、普門寺のミツバツツジが見頃を迎えたとの記事が掲載されたので、春を探しに湖西連峰を歩いてみた。
葦毛湿原駐車場には、ソメイヨシノがすっかり開花している。
湿原の花は目をこらして探さなければ見つける事は出来ないが、ショウジョウバカマやハルリンドウが春の日差しを浴びて咲いていた。
この花を見ると春が来たのだ~と実感することが出来る。
湿原の水たまりには、卵から孵ったばかりのオタマジャクシが押し合うようにして春の日差しを浴びている。
30分ほどで尾根道へ出、TV中継所へ足を進めると、しゃがんでカメラを構えた人から「カタクリが咲いている。夜露に当たっていい感じだよ」と声をかけられた。
左上に写っているのは声をかけてきた人の手
TV中継所付近のカタクリの群生地は、ロープで囲まれて保護されている。
これから多くのカタクリが花を咲かせるでしょう。
来週また来てみようかな。
普門寺分岐を普門寺へと足を進める。
普門寺の記事はあす掲載しよう。
野遊人
