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2025/04/23 09:48 |
年賀状を書き終えた
来年の年賀状を書き終えた、正確には作成し終えたというべきか。
今年は切羽詰らずに作成し終えた。
ワープロやパソコンが普及した頃、この季節の新聞には必ず「パソコンで作成する年賀状は心がこもっていない、味気ない」といった投書が掲載される。
そのような意見を投書する人はパソコンを知らない方だと思う。
※我が家のカミさんの年賀状は私が作成しているので、心がこもっていないのは事実。

数ある年賀状作成サイトから、イラストや文字を選びパソコンで構成すると、半日から一日を要す。
ボクの場合、それほど付き合いのない親戚と親しい親戚で二種類、職場の同僚と上司で二種類、友人・知人など、挿入する写真などを変えて6種類になる。
その上一言添えるので、ほぼ一日を要する。
それでもパソコンで年賀状を作成するようになって、ずいぶん楽になったことは確かだ。
皆さんも苦労して、いや楽しんで作成している人もいると思いますが、年賀状の受付は15日から25日まで。
できるだけ期日までに投函しましょうね。

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2011/12/12 18:00 | Comments(2) | TrackBack() | 豊橋メイツクリニック
患者さんは高校在学中の先生だった
患者さんの待合室に、今年上梓した患者Hさんの自叙伝があった。
たんたんとした筆致で、Hさんの生い立ちから現在の近況が描かれている。
自叙伝の中ほどに「昭和38年から16年間H高校に赴任」とある。
ボクの在学中にHさんが、教師として赴任していたことをここで知った。
家に帰ってアルバムを見直すが、全く記憶がない。
記憶にないのはH先生だけではないが。
当時70数人の先生がいたが、直接教えをいただかないと記憶が薄れてしまうのか。
なんといっても40数年前の話だ。

改めてHさんに非礼をお詫びして、当時の話をさせていただいた。
Hさんは生物の先生で、生物はM先生に教えていただいた。
1年生の担任はO先生、2年時はHi先生、3年生はN先生。
いや~なつかしいね~。
当時の校舎は戦前の木造校舎で・・・
そうだったね~
Hさんから、そうとは知らず技士の野遊人さんに何でも注文を出して失敬したね。
などなど当時の思い出話に花を咲かせた。

野遊人



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2011/12/08 19:46 | Comments(0) | TrackBack() | 豊橋メイツクリニック
御在所岳 本谷コース
CIMG0978.jpg紅葉で有名な御在所岳を、ご存知ない方はいないでしょう。
また登山でも人気の山で、紅葉の今が最も登山客で込み合う。

人気の理由は
・表道、裏道、中道、一の谷新道など、多数のコースがある。
・1212mと低いにもかかわらず、冬季には積雪し、霧氷を楽しむことができる。
・ロープウェイを利用すれば誰でも登ることができる。
・名古屋、三河、関西方面からでも交通の便が良い。
などが上げられる。

「御在所岳本谷ルートを歩きませんか」と山友からメールが入った。
断る理由などない。
幸い3日の土曜日まで雨だが、4日の日曜日は晴れるとの天気予報。



b84ca76f.jpg本谷ルートの入り口には「この先本谷 上級者向けコースにつき、入山注意」の案内があるように、一般登山道ではない。

菰野町役場で同行の2人と待合う。
当日、津市の降水確率は10~20%
しかし御在所は朝から時雨が降り続き、小雨になったのを見計らって出発。




CIMG0949.jpg岩に本谷コースを示す矢印が記されている。
本谷コースは、ロープウェイの真下を流れる谷を登るコースで、山歩きというより沢登りか岩登りに近い。
昼まで降り続いた雨に、思いのほか苦しめられた。





67600cf3.jpg大きな岩で構成された谷を登って行く。
ライトグリーンのヤッケがボク。
雨で滑り、靴が岩にかからない。
足ばかりか腕の力も必要とする。
先を行く友は大岩に取りついたものの、ズルズルと滑りドボン。
ひざ下からズブ濡れになった。





CIMG0954.jpg左のようなところは真っ直ぐには進めないので左右に巻いて行く(迂回する)。
何回も巻いているうちに、いつの間にか別の谷へ入ってしまった。
前述したように、ロープウェイの真下を歩かねばならないのにロープウェイが見当たらない。
右の方向にロープウェイが見えたが、怖くて今来た道を下ることはできず、山腹をトラバースすることにした。








CIMG0957.jpg滑る斜面と格闘しながら、目印のある岩にたどり着いた(正面の岩の左上に◎の目印)
これで一安心。








CIMG0964.jpg頭上を見上げればロープウェイから手を振っているのが見える。
ボクもそれに応え手を振る。
ロープウェイの客は、1,200円払えば山頂に行けるのに、何を好き好んで雨の中を歩いているのかね~と言っているようだ。






CIMG0971.jpg「この先線路点検道」と書かれた看板が2つあった。
ロープウェイを点検するために設けられた道だが、職員の方は大変だ。
点検の度に、この険しい谷を登ってこなければならない。
ひょっとして職員は山歩きが好きな人ばかり?





CIMG0972.jpg
御在所岳の一等三角点。
こんなに立派というより触ることができない三角点はここだけでは?

10:10ハプニングがありながらも山頂に到着。
早めの昼食を摂っていると初雪が降ってきた。
ボクにとって今季の初雪だ。

帰り道は一の谷新道で帰る。






CIMG0977.jpg途中に出会う「まったけ岩」。
立派です。
かないません。

こうしてハラハラ、ドキドキの山歩きは終了。
下山後「希望荘」で冷えた体を温めて帰宅。

野遊人



 

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2011/12/06 13:31 | Comments(0) | TrackBack() | 豊橋メイツクリニック
清水邸庭園(掛川市)
82f4d1d4.jpg高天神城からの帰り道、「静岡みずべ百選」に選ばれている清水邸庭園に寄ってみた。

左は門を入ったところ。
素晴らしい庭園。
思わず「管理が大変!」






0837bd0b.jpg元禄時代に回船問屋を営み繁栄した清水家は、俗謡にも「八十様にはおよびもないが、せめてなりたや殿様に」と歌われるほど華やかなものだったそうだ。

「八十様には・・・」の歌は他でも聞いたことがあったような。

遠景に見える建物は数寄屋作りの「湧水邸」
抹茶が一服お菓子付きで500円で楽しむことができる。


76651fc2.jpg池のふちを歩いていると、足音に鯉が寄ってきた。

清水邸は無料で見学できる。










ebb9f8de.jpgロードマップでは、清水邸の隣に横須賀城址が記載されている。
それらしき山を目指して足を進めると、「横須賀城三の丸跡」の案内板があった。
山城ではなく平地に建てられた城で、当然堀も作られていた。

※後日調べてみると、石垣が整備され残っているようだ。


野遊人
 

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2011/12/05 13:46 | Comments(0) | TrackBack() | 豊橋メイツクリニック
高天神城址(その2)
7bc2faa5.jpg「高天神城を制するものは遠州を制す」とも言われ、堅い守りが特徴。
城に入るには、北駐車場の搦手門か南駐車場の追手門の二か所。

本丸を囲むように、二の丸、三の丸、西の丸が守りを固めている。





d89d8d57.jpgこれは追手門から本丸へ入る道で、すべてが坂道になっている。














e825ac4f.jpg御前曲輪
昭和9年に土方村出身の海軍軍医少将加藤安吉氏が建てた二層の模擬櫓があり、昭和20年に落雷で焼失し、今はコンクリートの基礎台のみが残っている。







a264f180.jpg本丸から街並みがよく見える。

このことからも堅い守りの城の様子がうかがえる。









9a34d71d.jpg高天神城址を見ていて一番驚いたのが左の写真。
大河内幽閉の石風呂(石窟)  天正2年の勝頼による攻撃で小笠原氏は開城したが、軍監大河内源三郎政局は留まり、勝頼の命に服さなかった。その為勝頼は政局を幽閉し、天正9年徳川軍によって落城するまで、この中ですごしたという。その忠節を賞し家康から恩賞が与えられたが、後に長久手の戦いで討死したと伝えられる。
7年もの間、この洞窟で過ごしていたとは驚きとしか言いようがない。
当時の建造物がないだけに、逆に歴史のロマンを彷彿させた高天神城址であった。

野遊人
 

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2011/12/03 12:50 | Comments(1) | TrackBack() | 豊橋メイツクリニック

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